武節城(愛知県豊田市稲武町)

【武節城(愛知県豊田市稲武町)】
・田峰城城主菅沼定信が築城
・長篠の戦いにおいては、敗走した武田勝頼が一夜を明かす
・信濃・三河・美濃地域の境目であり、武節城近辺でも争いが絶えなかった。
今回は愛知県豊田市稲武町にある武節城を攻城しました。
別件で稲武町に訪れていた筆者。道の駅でご飯を食べている際に、武節城の名前を発見しました。
築城は菅沼定信。田峯城の支城として築かれました。
【田峯城攻城記事】
当地の領主菅沼氏は、徳川・武田に挟まれながらも奮戦していました。稲武町には詳しい解説などはなかったですが、設楽町の奥三河郷土資料館に行くと、菅沼氏のことや当地の歴史の詳細を知ることができるのでおすすめです。
武節城においても、稲武町の方が頑張ってくださっているので、遺構の保存状態もまずまず。パンフレットも充実していて攻城しがいのあるお城でした。
今回はそんな武節城の攻城レビューです。
【今回の記事の概要】
・武節城の詳細と現地情報
・武節城までのアクセスと散策所要時間
・武節城の歴史
・散策マップ(Googleマップ)
武節城までのアクセス

【武節城(愛知県豊田市稲武町)までのアクセス】
・豊田市駅よりバスで80分
・各県近隣インターから40~50分
・駐車場は目の前にある道の駅を使用。
武節城のそばには、道の駅どんぐりの里いなぶがあります。
駐車場にも余裕があるので、こちらに停めて歩いていくのがおすすめです。

道の駅内には大々的に武節城の案内が。
勝頼ゆかりの城として盛り上げようとしているみたいです(頑張れ)
観光案内所でもらえるパンフレットを片手に歩くのがおすすめ。
勝頼が長篠の戦いで敗れ、田峯城を追い出され、行きついたのが武節城。梅酢湯を飲み一泊した後に信濃へ逃れました。
『ゆかり』といっても後ろ向きな話でした……。

道の駅の反対側に入口がありました。トンネルの上がお城だったようです。
歩いて五分。多少の坂はあれど、目の前が城跡です。
レビュー|武節城を攻城

一番の見どころは迫力満点の空堀です。
実際に中を歩いて本丸へ進みますが、当時よりも埋まってしまっているそう。
空堀を歩いているとお城に来たなって思います。

蔵屋敷跡を通り本丸へ。

本当に5分ぐらいで到着しました。本丸から見下ろすと、下に二の丸、三の丸と続いていることが分かります。散策にそこまで時間はかからないのですが、本丸から眺めてみると意外と大きなお城だなという印象を持ちました。
また、武節城における戦いは、徳川家康の長男:信康の初陣だったそうです。
勝頼、信康と稲武の田舎町にすごい方々が集まっていますね。
こういう意外な歴史を学べるのが、片田舎の山城の魅力。意外な場所で歴史は繋がっている。

一番上が城山神社。かつては櫓台がありました。
ここは3県にまたがる境界なので、武節城の狼煙が担った役割は非常に重要だったそうです。
だから何度も戦いが勃発しているんですね。

本丸からは、支城の一つ夏焼城なども見えました。
ただ夏焼城は本格的な登山になりそうだったので攻城断念。もう夕方だったので少し勿体ない。
全部巡っておよそ20分の所要時間でした。
武節城まとめ

【武節城(愛知県豊田市稲武町)総レビュー】
・駐車場は目の前にある道の駅を使用。
・道の駅の観光案内所で武節城パンフレットを貰おう。
・攻城時間はおよそ20分。
・武節城は武田勝頼・徳川信康とゆかりがあるお城。
今回は愛知県豊田市稲武町にある武節城を攻城しました。
お城の規模はそこそこでしたが、散策自体は短時間で可能です。
ぜひ稲武に来た際は寄ってみてください。
稲武はのどかでいいところでした。
今回はここまで。ありがとうございました。
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