玉縄城(神奈川県鎌倉市)

【玉縄城(神奈川県鎌倉市)】
1512年伊勢宗瑞(北条早雲)によって、鎌倉殿の13人でも有名な三浦氏を抑えるために築かれた。その後も関東侵攻の拠点として使用される。城主には『地黄八幡』で有名な北条綱成がいる。現在もその遺構がわずかに残り、玉縄歴史館などが設置されている。
今回は神奈川県鎌倉市にある『玉縄城』に向かいました。
マイナー? ですかね……いや、関東史が好きな方はその名を聞いたことがあると思います。
関東史を追っていると必ず名前が出てくる玉縄城。今はそこまで遺構が残っているわけじゃないですが、周囲には寺院や歴史館などのスポットが充実しておりました。

このお城は何が有名なんだろうか

やっぱり城主の北条綱成でしょうかね
城主:北条綱成は、北条家の猛将。戦場では『地黄八幡』として名を轟かせていたそうです。
某シュミレーションゲームでもトップクラスの戦闘能力を誇る綱成さん。例えば、有名な日本三大夜戦の『河越夜戦』では、河越から打って出たことも。河越夜戦は諸説ありますが、呼応して少数でも出陣する勝負勘と度胸は評価に値するでしょうね。
一説では、駿河の国福島一族(くしま)の出自とか……
そんな綱成が城主だった玉縄城周辺は、現在、ウォーキングコースとして整備されておりますため、今回はそのマップに従って歩いた様子を書いています。
それでは、いってみましょう。
(そういえば、関東のお城を攻城するのは久々です)
【今回の記事の概要】
・玉縄城散策ルート
・玉縄城歴史館
・七曲り虎口~ウォーキングコース
・散策マップ(Googlemap)
玉縄城散策ルート

玉縄城址マップを貰いに玉縄歴史館へ行こう。
【アクセス】JR大船駅より徒歩約20分。
JR大船駅から始まり、ぐるっと一周するとだいたい2時間ほど。マップでは見学含め片道2時間となっていますが、大船駅に戻ってくるのでちょうど2時間ほどだと思います。
玉縄歴史館で勉強してからマップを貰い、そこから本格的な散策を開始します。
①まずは玉縄歴史館へ

【玉縄歴史館】
〇入場料200円
〇郷土資料や発掘調査資料が展示されている。
〇かつての豪農石井家の住居が展示されている。
まずは玉縄城址へ向かう前に、玉縄歴史館に寄ることをおすすめします。
残っている遺構が少ないですし、資料館の発掘調査資料やジオラマを見て、かつての姿をイメージするべきだと思います。

結構面白い展示がたくさんありました。
例えば『塀作事』について。
玉縄城では、塀作事の古文書が3通残っているらしく、お城を塀で囲っていたそうです。この塀作事の古文書は全国的にも珍しいとのこと。

大船周辺のマンションも古風な塀がたくさん施されている場所がありました。過去の玉縄城を模していたのかもしれないですね……
あとは、北条綱成に倣い、黄色の旗がたくさんありました。中に冷房がなくて少し暑かったです(笑)

歴史館の奥には石井家のお家が展示されています。この足りの地主さんらしく、古風な住宅がそのまま残されていました。私は同じような構造の建物を静岡県の掛川市で見たことがありましたね。ザ・農家さんのお家です。

歴史館のさらに奥には『龍宝寺』というお寺がありました。
ここは玉縄城主の菩提寺だそうです。荘厳で思わず見入ってしまうお寺でした。
ここから玉縄城を目指していきます。
②玉縄城七曲り虎口から歩く

ルートは地図参照。
公道を歩いていくと、幼稚園の横に玉縄城址へ通じる道があります。
ここの道が七曲り虎口です。

ただ曲がった階段が続いているだけで何かが残っているわけではないですが、七曲りという名前だけあって、かつての敵兵を想像しながら歩いていくことができました。みなさんならどう攻めるでしょうか……

ちなみに、スズメバチが大量発生していたので気を付けてくださいね。

七曲り虎口を登っていくと、民家の手前に太鼓櫓址がありました。
ちょうど登り切った位置から、ぼこっと丘のようになっている場所でした。木が生い茂っていて目下の景色は見えませんでした。

民家を進んでくと大手門跡がありました。
上には清泉女学院という学校があります。校内にも遺構があるらしく、見学するためには事前連絡が必要とのことでした。許可をとってもちょっと行きづらいな(笑)女子高だし。
ここの大手門の位置から分かることがたくさんあります。
まず鎌倉方面(三浦半島)を向いていること。VS三浦氏を想定していることが分かります。また、鎌倉八幡宮を巡り里見氏ともやり合っていますし、玉縄城は大忙しだったことでしょうね。
終わり!

最後坂を下り館跡を見て終わりです。今は公園になっているようでした。
【玉縄城まとめ】
〇玉縄城は、猛将『北条綱成』の居城
〇玉縄城に向かう前に『玉縄歴史館』へ
〇大船駅~大船駅で一周3時間ほど
〇学校内の遺構を見るなら事前に連絡を
私の足だと歴史館見学込みでだいたい2時間30分でした。
だいたい大船駅から3時間ほど見込んでおくといいと思います。
遺構としてはあまり残っていないのが実情です。しかし、それを補うために玉縄場周辺の方々が工夫してくれています。ない部分は想像力で補うことで、かつての堅城『玉縄城』の姿が見えてくると思います。
今回はここまで。ありがとうございました。
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