諏訪原城(静岡県島田市)

・武田勝頼時代に築かれたお城。武田家と徳川家が争った高天神城攻略のために、築城の名手『馬場信房』が築城したとされる。武田流築城術がふんだんに施された城跡であり、丸馬出や三日月堀など残る。高天神城が落城してから徳川方のお城となり、後に廃城となった。続100名城である。

特色あるお城なんだね

その通りです。
今回は静岡県にある諏訪原城を攻城しました。武田晴信(信玄)亡き後の武田家を語るうえで外せないお城となります。現代では『無能』のイメージがある武田勝頼ですが、この諏訪原城の築城などの功績は多いです。長篠の戦いや高天神城を見捨てたことを除くと……いや、除けませんか(笑)
築城は武田家家臣:馬場信房です。現在の遺構にもその武田流が残っていますので、見所のあるお城となっています。
特に武田家特有の丸馬出がいくつも残り、壮大な三日月堀と呼ばれる遺構が残っています。今回はそんな諏訪原城の遺構を見に行きました。
【今回の記事の焦点】
・諏訪原城の概要とアクセス
・諏訪原城の馬出と三日月堀
・諏訪原城の絶景スポット
筆者はこれで静岡県内の名城制覇となりました!
諏訪原城散策

【諏訪原城のアクセス】
・JR金谷駅よりバスで20分。
・徒歩でも20分程で到着するが、山の上にあるので注意が必要。
さて、やって参りました諏訪原城。バス停の前にはきれいなビジターセンターが設置されています。中にはパンフレットや展示がありますので、こちらで事前に勉強してから散策するのがおすすめです。

ちなみに名城スタンプは入って右側にあります。

筆者は百聞は一見に如かずを大事にしているため、事前情報を仕入れない主義。さらっと勝頼が高天神城攻略のために築城したことぐらいしか知らなかったのですが、縄張りや遺構の解説をじっくり見れたので、大変勉強になりました。
例えば、武田家撤退後に『牧野城』と名前を改めた徳川家康。城主にはあの今川氏真が入ったそう。氏真も中々賢い生き方をしているなと筆者は高く評価しているので、この出会いが素直に嬉しかったです。

遠州や駿河は、元々今川のお膝元だもんね

強力な家に囲まれながらも生き延びている姿はカッコいい

そして諏訪原城は100名城に選定されている城跡ですので、案内は充実しています。ルートに迷うことは無いでしょうし、じっくりと解説を見ながら進んで行きます。
現在は外堀の一部が住宅街になっていたりと、完全体を残しているわけではなかったです。それでも散策には40~60分を見込むと良いでしょう。
★諏訪原城の三日月堀★

外堀を歩いていくと、奥に三日月堀が現れます。こんなにでかい堀は見たことがなかったので、筆者は言葉を失っていました。写真だとわかりずらいですが、深さも所感では10Mぐらいあるように見えました。本当に三日月のような弧を描き、丸馬出であることがはっきりと分かるでしょう。
主に虎口を守るために設置される。虎口の前で抗戦できるように堀や土塁が積まれていることが多い。武田家は丸馬出。北条家は角馬出。
ちなみに筆者は北条家推しなので、今までは角馬出を見る回数の方が多かったです。ですが最近は、居住区の関係で丸馬出を見る回数も増えています。
ここまではっきりと保存されている馬出は貴重ですから、じっくり見ておきましょう。

三日月堀を過ぎると、北の馬出跡には復元の門が設置されていました。
ここでやっと気づくのです……。

目下に街を見下ろすことができ、立派な山城なのです。諏訪原城は後堅固でも有名ですし、難攻不落さがよく分かります。
三日月堀から先へ

三日月堀から先へ進みましょう。二の曲輪跡からは島田の街並みを一望。先程の北馬出よりもきれいな風景を見ることができます。

これは名城と呼ぶにふさわしい山城だ

遺構がはっきりと残っているのも良き

井戸や他の馬出を確認し、お城を一周しましょう。
出口付近にはカフェがあったので、休憩したい方はそちらがおすすめ。
終わりに

・諏訪原城は武田流築城術が施された名城
・北馬出、二の曲輪からは絶景を見ることができる。
・三日月堀と丸馬出がはっきりと残っている。
今回は諏訪原城を訪れました。長篠の戦いや本能寺の変を経て、壮大な天守を立てた平城が台頭してきますからね。時代背景的にも山城の最高傑作に近い形状をしているのがお分かりになるかなと思います。

静岡に訪れたら絶対に行く!

ぜひお越しくださいね
今回はここまで。ありがとうございました。
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