京都府舞鶴市を観光する

京都府北部、日本海に面する舞鶴市を1日かけて観光してきました。
舞鶴と聞くと、海上自衛隊や赤れんが倉庫を思い浮かべる人が多いかもしれません。
私も訪れる前はそんなイメージでした。
しかし実際に歩いてみると、舞鶴はそれだけではありません。
旧海軍の軍港として発展した東舞鶴
細川幽斎が築いた田辺城を中心に発展した西舞鶴
さらに戦後の引き揚げの歴史、美しい舞鶴湾、漁師町の風景。
一つの市なのに、場所を移動するたびに町の表情が変わっていきます。
今回は東舞鶴駅を出発し、舞鶴引揚記念館、五老スカイタワー、赤れんが博物館、舞鶴赤れんがパーク、田辺城、吉原入江を巡り、最後に西舞鶴駅へ。
実際に巡った6つのスポットを、舞鶴の歴史とともに紹介します。
今回はシルバーウイークでの観光でした。
途中から電車旅に切り替えています。
【今回の記事の概要】
・京都府舞鶴市を実際に1日観光
・東舞鶴駅から西舞鶴駅へ抜けるモデルコース
・舞鶴引揚記念館でシベリア抑留・引き揚げの歴史を学ぶ
・五老スカイタワーから舞鶴湾を一望
・赤れんが・田辺城・吉原入江から舞鶴の歴史を巡る
①舞鶴引揚記念館|シベリア抑留と「引き揚げ」を学ぶ

最初に訪れたのは舞鶴引揚記念館。
舞鶴にて前泊し朝9時から散策を開始しました。
舞鶴を観光するなら、個人的にはかなり重要な場所だと思います。
第二次世界大戦の終結後、海外には多くの日本人が残されていました。
その人々を日本へ帰国させる「引き揚げ」が始まり、全国各地に引揚港が設けられます。
その一つが舞鶴港でした。
舞鶴では1945年10月の最初の引揚船から、1958年9月の最終引揚船まで、13年間にわたって約66万人の引揚者や復員兵を迎え入れました。
特に舞鶴と深い関係を持つのが、シベリア抑留です。
戦争が終わっても故郷へ帰ることができず、シベリアなどで抑留生活を送った人々。
館内では実際に使用された防寒着や文書、抑留生活に関する資料などを見ることができます。
単純に「戦争が終わった=全員が帰宅できた」というわけではない。
戦争が終わった後にも、一人ひとりの人生には長い戦後が続いていた。
資料を見ていると、そのことを改めて考えさせられました。
舞鶴引揚記念館が所蔵する資料のうち570点は、2015年にユネスコ「世界の記憶」に登録されています。
観光地を巡るというより、舞鶴が歩んできた近現代史を知る場所。
このあと赤れんが倉庫など旧海軍に関係する場所を巡るので、先に訪れておくと舞鶴という町を見る視点も増えました。
【2026年現在】
開館時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
入館料:大人400円・学生150円
休館日:毎週水曜日(祝日の場合は翌平日)、12月29日~1月1日
また、施設の側に展望台もあるので寄ることをおすすめします。
館内の資料を踏まえると、その情景以外にも浮かんでくる想いがあります。
②五老スカイタワー|舞鶴湾の絶景を一望

歴史を学んだあとは、舞鶴の地形を上から見てみます。
向かったのは五老スカイタワー。
五老岳は東舞鶴と西舞鶴のほぼ中間に位置する、標高約301mの山です。
その山頂に高さ50mの五老スカイタワーが建っています。
車で駆け上がります。道が狭いので注意。
当日はロックフェスが開催されていました。
私はそれを横目に展望台へ。
そして展望室へ上がると――

これは凄い。
眼下には複雑に入り組んだ舞鶴湾。
その周囲には山々が連なり、東西の市街地まで見渡すことができます。
海抜約325mの展望室から360度のパノラマを楽しめる場所です。
舞鶴湾はリアス式海岸。
地図だけでは分かりにくかった複雑な地形が、ここへ来ると一目で分かります。
そして、この地形を見ると、なぜ舞鶴が軍港として重要だったのかも少し理解できる気がします。
歴史を知ってから地形を見ると、景色がただの絶景ではなくなる。
こういう瞬間が好きなんですよね。
絶景を眺めながらカフェで昼食

五老ヶ岳公園にはカフェもあります。
ということで、ここで昼食。
舞鶴湾を眺めながら休憩できるのがいい。
午前中に歴史を学び、山の上から舞鶴の町を眺めながら昼食。
かなり贅沢な時間です。
【2026年現在】
五老スカイタワー入館料:大人300円・小中学生150円
4月~11月:平日9:00~19:00/土日祝9:00~21:00
12月~3月:9:00~17:00
年中無休
③世界で唯一|舞鶴市立赤れんが博物館

続いては舞鶴市立赤れんが博物館。
舞鶴市公式では、れんがを専門とする世界で唯一の博物館として紹介されています。
当初は車で巡る予定でしたが、駐車場が満車だったので宿において、ここから徒歩と電車で巡っていくことにしました。
まず面白いのが、博物館そのもの。
この建物は明治36年(1903)に旧舞鶴海軍の魚雷庫として建設されたものです。
つまり、新しく赤れんが風に造った博物館ではありません。
建物自体が舞鶴の近代化遺産です。
館内には世界各地のれんがや、れんが建築に関する資料が展示されています。
普段、れんがだけをじっくり見る機会なんてほとんどありません。
でも歴史を辿ると、単なる建築材料ではなく、国や時代によって製法や使われ方が変化している。
「れんがだけで博物館になるのか?」と思っていましたが、普通になります。
むしろ舞鶴だからこそ、この博物館がある意味が分かってきます。
【2026年現在】
開館時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
入館料:一般400円・学生150円
休館日:12月29日~1月1日
舞鶴引揚記念館との共通券もあり、一般600円・学生200円となっています。
④舞鶴赤れんがパーク|旧海軍の倉庫群を歩く

赤れんが博物館とあわせて歩きたいのが、舞鶴赤れんがパーク。
舞鶴といえば、この景色を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
明治から大正にかけて建てられた赤れんが倉庫が並び、現在は博物館やショップ、イベントスペースなどとして活用されています。
赤れんがの建物と石畳。
歩いているだけでも雰囲気があります。
ただ、ここを単なる「映える赤れんがスポット」として見るだけでは少しもったいない。
舞鶴鎮守府の開庁によって軍港都市として発展した東舞鶴。
その歴史を今に伝える建造物が、こうしてまとまって残されています。
100年以上前の軍港の風景が、現在は観光や文化の場所として使われている。
時代の変化を感じる場所でした。
とはいえ、ずっと歴史の勉強をしている必要はありません。
赤れんがパークにはショップやカフェなどもあり、舞鶴のお土産を探すこともできます。
海上自衛隊・海上保安庁関連のグッズなど、舞鶴らしい商品もありました。
歴史を見て、写真を撮って、食べて、買い物する。
舞鶴観光の定番になるのも納得です。
館内施設の基本営業時間は2026年現在9:00~17:00です。
⑤田辺城|「舞鶴」という名前の由来を知る

ここから東舞鶴を離れ、西舞鶴へ。
電車で東舞鶴から西舞鶴へ向かいました(本数少ないので注意)
東舞鶴が旧海軍の軍港都市なら、西舞鶴は城下町です。
その中心にあったのが田辺城。
細川幽斎によって築かれ、細川家、京極家、牧野家と城主を変えながら約290年間にわたり地域統治の中心となりました。
そして、この城。
実は現在の「舞鶴」という地名にもつながっています。
田辺城には「舞鶴城(ぶかくじょう)」という別名がありました。
明治2年(1869)、それまで使われていた「田辺」という地名を改めることになり、この城の別名から「舞鶴」という名前が採用されました。
つまり舞鶴という町の名前を辿っていくと、田辺城へたどり着くわけです。
東舞鶴で近代史を見てから田辺城へ来ると、町の時間が一気に戦国・江戸時代まで遡ります。
資料館を見れば見るほど、細川幽斎という人物の凄さが分かります。
田辺城については、別の記事で詳しく紹介しています。

⑥吉原入江|古き良き漁師町の風景を歩く

舞鶴観光の最後に訪れたのが吉原入江。お城から歩いてさらに20分。
ここまでとは、また雰囲気が変わります。
赤れんが。
軍港。
城。
そして最後に現れたのは、水辺に家々が並ぶ昔ながらの漁師町でした。
吉原入江は地域では「くちゃみ川」とも呼ばれ、昔から地域の暮らしと深く関わってきた場所です。
細長い入江に沿って家が並び、小さな船が浮かんでいる。
観光地として派手な施設があるわけではありません。
でも、こういう場所が好きなんですよね。
今も人が暮らしている町そのものが、旅先の景色になっている。
2026年には吉原地区が舞鶴市の伝統的建造物群保存地区となり、歴史的な町並みを保存・活用する取り組みも進められています。
これからさらに注目される場所かもしれません。
水無月神社

吉原地区を歩いていると水無月神社があります。
吉原は田辺城の歴史とも無関係ではありません。
舞鶴市によると、田辺籠城戦の際には吉原の漁師たちが田辺城を守るために援護したと伝わり、その由来を持つ「吉原太刀振」という伝統芸能も残されています。
先ほど訪れた田辺城の歴史が、ここでもつながりました。
こういうつながりを現地で見つけられるから、歴史旅は面白い。
ここでゆったり街並みをみながら読書。
日の出湯|町の中に残る銭湯

さらに町を歩いていると日の出湯。
吉原入江の町並みとよく似合う、昔ながらの銭湯です。
ザ京都の銭湯
田辺城や赤れんがパークのような有名観光地もいい。
でも最後にこうした生活の風景を歩いたことで、舞鶴という町が少し身近になった気がしました。
なお吉原地区は観光施設ではなく、現在も人が暮らしている住宅地です。
写真撮影や散策の際は、住宅や生活空間へ入り込まないよう配慮しましょう。
舞鶴を1日観光して分かったこと
今回実際に舞鶴を巡ってみて、一番印象に残ったのは町の歴史の幅広さでした。
田辺城を中心とする戦国・江戸時代。
舞鶴鎮守府と赤れんが倉庫に代表される明治以降の近代化。
第二次世界大戦。
そして戦後の引き揚げ。
さらに吉原入江には、今も昔ながらの生活風景が残っています。
しかも、それぞれが完全に独立しているわけではありません。
五老岳へ上がれば東西の舞鶴を同時に見渡せる。
田辺城を調べれば現在の「舞鶴」という名前につながる。
田辺籠城戦を調べれば吉原の漁師たちへつながる。
一つ知るたびに、別の場所の意味が分かってくる。
これが今回の舞鶴旅で一番面白かったところです。
まとめ|舞鶴は歴史・絶景・町歩きを1日で楽しめる

今回は京都府舞鶴市を1日かけて巡りました。
①舞鶴引揚記念館
②五老スカイタワー
③舞鶴市立赤れんが博物館
④舞鶴赤れんがパーク
⑤田辺城
⑥吉原入江
東舞鶴駅から始まった今回の旅。
戦後の引き揚げを学び、五老岳から舞鶴湾を眺め、旧海軍の赤れんが倉庫を歩く。
そこから西舞鶴へ移動すると、今度は細川幽斎の田辺城と昔ながらの吉原の町並み。
最後は西舞鶴駅へ到着しました。
同じ舞鶴なのに、東と西ではまったく違う歴史が見えてきます。
そして両方を巡って初めて、「舞鶴」という町が少し分かった気がしました。
個人的には、五老スカイタワーから見た舞鶴湾の景色もかなり印象的でした。
ただ絶景を見るだけではなく、その前後で引揚記念館、赤れんが、田辺城を巡っていたからこそ、眼下に広がる町の見え方も変わったのだと思います。
歴史を知ると、ただの景色だったものに意味が生まれる。
舞鶴は、それを実感できる町でした。
京都北部を旅する際には、ぜひ東舞鶴と西舞鶴の両方を巡ってみてください。

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